篠原風鈴本舗会長:篠原儀治(篠原風鈴二代目)

二代目
略歴:大正13年生まれ、江戸川区無形文化財保持者
東京都優秀技能賞受賞、都知事賞受賞
工芸会会長として活躍中
平成16年名誉都民の称号授与
                        




平成16年10月1日、石原都知事より名誉都民の称号をいただきました。
江戸風鈴を約65年作り続けてきたご褒美と思っています。
これもひとえに江戸風鈴を愛し、応援をして頂いた皆様のおかげです。
ありがとうございました。

 人生80年も生きてきますと,今まで山も谷もありました。
谷だけだったかもしれません。
しかし、お天道様はちゃんと見てくれていたと信じています。

これからも生涯現役でがんばりたいと思っています。 (16,10,1)

三代目と二人で
三代目・息子の裕と二人で




 ここからは少し長い思い出話をしましょう。
90年近く生きていると、いいことも悪いことも色々とおこるものです。
 私、儀治は今年の誕生日で86歳になりましたが、インターネットを通じてこのようなお話が出来るとは思っても見ませんでした。
 これから続けられる限り江戸風鈴の話、修行中の話など昔話、現在の話など随筆風に書ければと、思っております。
 話の時代が前後したり、題からそれたりする事もあると思いますが、お許しください。
 お読みになった感想などありましたら、メール、又は本舗まで郵便でお便りください。




ちりんとひとこと・ふうりんばなし


第一回 江戸風鈴の由来




  江戸風鈴とは、約2,000年前の昔、唐の時代、岐王が東西南北に玉片を、
中央に舌(ぜつ)をつるして、当たる方角で吉凶を占っていたのが占風鐸の始まりです(江戸風鈴の紹介、歴史の部分と重複)。
わが国の僧達が日本に持ち帰り、形を整えて、音を聞く、それが信仰の元になりました。
つまり風鐸と言われる物です。それが風鈴と呼ばれるように至ったのは、鎌倉時代の僧で、法然上人が風鈴(ふうれい)と名付けたことによります。
後に同じ漢字で「ふうりん」となり今に至ります。そして、風鈴も材料によって種々作られるようになりました。


 その一つにガラスがあります。日本のガラスも瑠璃,玻璃と言われる時代から、ビードロ、ギヤマン、グラスと呼び名も異なるが
2,000年の長い歴史を経て今日にいたり、学校の教科書ではガラスで呼ばれています。


 ではガラス風鈴はいつ頃から作られたかと言うと、1,700年初期に作られているのが資料で認められています。
市井に出るのは1,800年頃からで大変人気があったといわれています。
 先日、ラジオで、ヨーロッパでは東洋文化が見直され、特にイギリスの各地では、風鈴を戸外につるしその音からエネルギーをもらうと、吉運がつくと唱され、騒音になるような大きな物まで現れたそうです。
あまり大きな音を出すと罰金を取られると言うことなのですが、
それでも,罰金を払ってでも、つるすという人がいると話してました。世の中も所かわれば・・・・,ですね。


 「江戸風鈴」という名は江戸時代から伝わり、今もここ東京で受け継がれていることから昭和39年、40年頃に私がつけた物です。
よき時代の風雅を楽しまれることをおすすめする次第です。  今回は第一回ということで、かたぐるしい文章になってしまいましたがその内、
肩の力が抜けてくるればと思っています。それでは、次回お楽しみに。  第一回終わり


第二回へ続く



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