第七回分 「名人吉村清吉」完結編



 清吉は東京生まれ。何がきっかけで、風鈴職人になったのか定かではありません。東京で技を覚え、関西で腕を磨いたのは事実です。
 清吉の中に私がどのように写っていたのだろうか。あまり口を利かない人だから本当のところは分かりません。しかし私を育ててやろうと言う気持ちは伝わってきました。実際に、風鈴のこと、職人のこといろいろ身につけさせてもらいました。


 さて、その後の清吉は私が徴兵になるまで、うちで働いています。
 あまりにも上手すぎる清吉にほかの職人のねたみは激しく、私がいなくなった後のことを考えると心配で、向島に工場を持たせます。そこで作った風鈴をうちに卸すということで話をまとめ、私は兵士となり、中国に渡ります。
 昭和19年、20年、は燃料、原料などが手に入らず、平和産業の風鈴は作ることが出来ず、両親は京成電車の押上駅の前で「ふかしいも」などを売って生計を立てます。私が復員する20年末ごろまで続きます。


 復員した私は休むまもなく、風鈴、ガラス工場を復興するよう、材料、燃料、問屋などに四方八方に飛び回ります。21年ころになるとそれが形をまとめ始めたころ、警察から電話が入ります。
 清吉の仮出所の身元保証人になって欲しいと言うのです。
戦時中、向島に工場を持った折、独り者の清吉のために賄いを近所の奥さんに頼みます。二枚目ぶりがあだとなり、その奥さんと男女の関係になってしまいました。

 夫から訴えられて、姦通罪(昭和22年廃止)で有罪となり、網走に服役する羽目となっていたのです。仕事には精通してても、世情にうとい職人の典型的な一場面を見た想いでした。
 受け取りに行ったときの顔を思い出すと照れ隠しのすまし顔が目に浮かびます。しかし、私のほうは信用されていると想い何か安心しました。


 しばらくはうちで働きます。工場のほうは仕事が軌道に乗り、駄菓子屋で売る「かんてんを入れるガラス棒」、「こんぺい糖を入れる星型のガラス瓶」、「インク瓶」など、風鈴以外のものが大当たりして大繁盛します。
 私は営業や、風鈴の本体つくりとなり清吉とは仕事を組む機会がなくなっていきました。そのうち清吉は姿を消してしまいます。
 数年がたち、我が家は、焼け野原に総ヒノキの押上御殿(その後、私に隠れて母が金貸しを始めます。それが失敗し、財産をすべてなくしてしまいす。跡地に映画館が建ちました)と言われるくらい立派な家を立てました。
 昭和23年から27年ごろは本当に忙しい時期でした。


 清吉が皆の記憶から消えかかったころ、浅草の病院から電話がかかります。
浅草寺の裏のひょうたん池の付近で行き倒れになっていたというのです。すぐに病院に駆けつけました。
 そして、その場で見た清吉は変わり果てていました。
まだ50代というのに白髪と顔のしわに、あの歌舞伎役者を髣髴とさせた面影はどこにもありませんでした。
 横に座った私に、震える手で自分のはめていたものと思われる、金時計を私の腕に通してくれました。


 何か云おうとして、口をあけるのですが言葉にはなりません。やっと私の名前を呼ぶのが精一杯のようでした。あの毅然とした着物姿の清吉など何処にも見つけることは出来ませんでした。
 しばらく話をして、また来ますからと席を立った私にかすかに手を振ってくれました。
 すぐに行くつもりが、仕事の忙しさにかまけて、10日ぐらいたって病院を訪ねました。
 ベットは空になっていました。看護婦に尋ねると、7日前になくなり、たった一人の妹が引き取っていったというのです。


 唖然としました。これから恩返しが出来ると思っていたのに、何も出来なくなってしまいました。あまりにもあっけない死に方に私の心に大きな穴があきました。身内でもないのにこの気持ちはどうしたのだろうか。
 病院から自宅までどのように帰ったのか記憶にありません。しばらく自分をなくした時期が続きます。この悲しさも風鈴の復興と共に時が忘れさせてくれました。


 あれから、50年以上が経ち、清吉さんのことを思い出すと不思議なことがたくさん出てきます。
 そのひとつに延べ10年以上一緒に仕事をしたのに身の上話を聞いたことがないのです。どのような生まれで、どのように育ち、何故関西に行ったのか、本当に清元の家元の御曹司だったのか、みんな他人からの伝聞でしか清吉さんの過去を知ることは出来ませんでした。


 聞いたことはありましたが(仕事の話はけっこうしましたが)身の上話は笑って正直には答えてくれませんでした。
 当時の私が子供だったから、話し相手にならなかったのでしょうか。いえ、そんなことはないでしょう。きっと、「俺が作っている風鈴こそ俺の人生なんだ」、と私に叫んでいたのかもしれません。

                           「名人吉村清吉」 完



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